あの事件から早16年




遠藤誠一被告に死刑判決が下された
これで麻原以下13名の教団幹部に死刑判決が下され、オウム関連の裁判は終結した

凶悪犯を援護する法相平岡の論評は後日するとして、あの平成7年3月20日の体験記を書きたくなった


あの日は春の晴天でやたらと暖かい日だった
1月17日の阪神大震災から2ヶ月が経過し、ようやく世の中が落ち着いてきた頃だった

当時営業マンだった私は、早朝から納品物の引き取りに板橋区の製本工場に営業車で直行
朝8時には通勤渋滞の川越街道を都心に向かっていた

カーラジオ(当時、朝は文化放送の「志の輔ラジオ」が好きで聞いていた)が臨時ニュースを伝えたのは熊野町交差点の手前だった
「地下鉄日比谷線霞ヶ関駅構内でガス漏れ事故が発生し、現在日比谷線丸の内線と銀座線は運転を見合わせています
詳しい情報が入り次第お伝えします」
と水谷加奈アナが報じた

朝の通勤時間帯にこれは大変だ
そして地下鉄構内のガス漏れとは珍しいな、一応会社に電話して伝えなくちゃ
当時在籍していた会社は朝8時半始業なのでこの時間には誰かしらが出勤している筈である
地下鉄で動く営業マンもいるので、交通情報の共有は必須だった
公衆電話に飛び込み上司に報告した
なにせ、ネットも携帯も無い時代である
職場にTVもなかったのでこういう時はラジオが頼りになる
震災時もまた然り

池袋を過ぎた時点でまだ状況は不明
道路状況もいつもと変らなかった
予定通り豊島区の製薬会社に納品を終え、次のアポである九段下の広告代理店に向かうべく、裏道を通り抜け江戸川橋近辺の目白通りに出た時から道路状況がいつもと違う事に気付いた
午前9時代にしてはやけに混んでいる

そしてカーラジオのニュースが矢継ぎ早に緊急事態を報じ始めた
原因不明の事故により、地下鉄各線の乗客や駅職員に被害が続出している
しかも被害は霞ヶ関駅に留まらず、千代田線、日比谷線、丸の内線の各駅に広範囲に及び、多数の重症患者が救急搬送されていることも

まっさきに連想したのは、ずいぶん前に読んだ西村寿行氏の名著「去りなんいざ狂人の国を」だった
しかしいくらなんでも、地下鉄構内で化学兵器を使った無差別テロが、この日本で現実に起きるものなのかと信じられない気持ちだった
しかしラジオの水谷アナは、続々と被害状況と警察消防の緊急対応を報じている
志の輔ラジオは急遽報道特番に変更された
今この時間、日本の中枢に無差別テロが発生しているのだ
「まさか外国からの武力攻撃じゃないだろうな」
東京都知事は陸上自衛隊東部方面隊に災害派遣を要請した

再び公衆電話を見つけ、自社を含む取引先各社への情報伝達に専念した
神谷町の外資系商社では、始業時間になっても多くの社員が出勤しておらず連絡もない
馬喰町の電設資材メーカーは、駐車場に面する道路が封鎖され、商品の搬出が出来ずに業務がストップしてしまった
新橋のデザイン事務所は、あろうことか社長が被害に遭ってしまい搬送された
各社が正確な情報を把握することが出来なかったことに驚いた
私が聞いているカーラジオと、電話連絡が唯一の情報源だったわけだ
しかしそのうち電話回線もつながりづらくなってきた

実家の母に自分の無事を伝えることが出来たのは不幸中の幸いだと言うべきか

いつもならば10分で走り抜ける江戸川橋飯田橋駅南口間を1時間近くかかって九段下まで移動し、次のアポをなんとか終え、一ツ橋から岩本町に抜ける一方通行路に乗り入れると又しても大渋滞である
警視庁による交通規制で、一般車輛は一車線しか通行できなくなってしまい、しかも検問があちこちで行われていているりのだ
いつもの所轄署の交通課員だけではなく、方面警ら隊や機動隊員の姿も入り混じり、警察もかなり混乱している様子だ
サイレンの音もけたたましくパトカーや白バイに先導された救急車や特型警備車が猛スピードで都心方面に突っ走る
上空は報道機関のヘリコプターが飛び交っている

「これは戦争だ」
本当に大変なことになってしまったわけだ
いつの間にか文化放送は梶原しげる氏に交代し、被害状況を報道し続けている
警視庁鑑識課員にまで被害者が出てしまったことも
そして乗客に死亡者が出てしまったことも・・・

「大変重大なことを申し上げます」現場レポーターが声を張り上げたのは、11時を回った頃だった
「東京消防庁は、地下鉄車内から検出された劇物がサリンであることを発表しました」

画像

あの松本サリン事件で名が知られた神経性ガスのサリンだったか
そういえば、昨日の朝会社で読んだ新聞の社会面に、オウム関連の施設が捜査されたとかあったな

再び会社に連絡した
安全が確認されるまで、電車を使う営業マンは自社待機している
しかし、私同様得意先に直行した先輩との連絡がとれずにみんなが心配していることも知った

次のアポ先である上野駅前の医療機器商社にほうほうの体でたどり着いた時には、事態は大体判明していた
いつも笑顔の受付嬢は、私の話を聞いて絶句した
「一体誰が何のためにそんなことを・・・」
そこの社員達にも警戒を呼びかけた

その次は、前述馬喰町の電設資材メーカーだった
時に午後3時(昼飯も食えなかった)
近辺はまさに事件現場そのものであり、小伝馬町駅の周囲は完全に封鎖され立ち入り禁止
ものものしく警備された靖国通りを、首都高向島線から降りてきた陸上自衛隊の化学防護車が神田方面に突っ走る
大宮化学学校所属だろうか

後はもう仕事にならなかった
元浅草のラーメン店で遅い昼食を終え、帰社した頃には日が暮れていた


2日後の3月22日は休みだった
早朝のニュースで山梨県上九一色村の教団施設に強制捜査が行われる様子を呆然と見ていた
一部捜査員が迷彩服を着込んでいたが、あれは陸自に借りたものか
防毒マスクを被った屈強の機動隊員がぶらさげた鳥かごのカナリアとのミスマッチがかえって今回の異様性を際立たせていた


世界を震撼させたカルト教団の凶行は、それから数年にわたって日本中を大騒ぎさせたわけだ
高橋ら指名手配犯は現在も逃亡を続けている


後日の東スポの一面見出しには大笑いした
麻原失禁 
隠し部屋で恐怖に耐え切れず云々

逮捕後は
麻原脱糞
留置場の床に直置き
刑務官の鼻曲がる・・・


当時、東スポはやりたい放題だった


オウム事件の背景について書かれた興味深いレポもあったので後日取り上げたい



しかし、取調室で麻原が言ったという
「刑事さんは裕次郎や竜雷太みたいで格好いいですねえ」
というあの話は本当なのだろうか


空蝉

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